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在ホノルル日本国総領事館
Consulate General of Japan
at Honolulu

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総領事スピーチ

 

010年天皇誕生日祝賀レセプション・スピーチ(「日米安保改訂50周年に当たって」)(和文訳)
2010年12月15日 
在ホノルル総領事 加茂佳彦

 
ご列席の皆様、
 
 今年77歳となられる天皇陛下の誕生日を祝うため本祝賀会に多数参会していただき光栄。先ず始めに、ロイヤルハワイアンバンドの奏でる音楽とキャシーの力強い国家歌唱にもう一度盛大な拍手を贈りたい。今日は、錚々たる賓客の参加を得ており、全員をご紹介したいがそうもいかない。というのも自分の話が長くなりそうなので、時間を節約する必要があるからだ。今年のパーティーの目玉は、日本のグルメ食の数々である。定評ある「匠」の日本食、ファーマーズマーケットでお馴染みのハワイ島産アワビ焼き、「国際酒会」の日本酒の数々、そして、シェフ植松の寿司が大きなマグロと共に皆様を待っている。でも少しの間待って欲しい。

  昨年の天皇誕生日祝賀会では日本の核心が天皇制にあることを話した。今年は、明治の画期となった咸臨丸渡航150周年であり、また、戦後日本の発展を支えた安保改定50周年の年であることもあり、日米関係、就中、日米同盟にとり大事な年だ。他方、中国台頭と日本衰退のニュースが伝わるなかで、日本はこれからも信を置くに足る国なのか、日本と一緒になって米国のアジアでの戦略的国益を確保できるのか、思いを巡らす人もいることだろう。

  そこで今日は、懐疑派の連中に心配ご無用と諭したい。でもどうやって諭すのか、それが問題だ。そこで自分としては、先ずは、日米関係が失敗を許されないほどに大切な関係であることや、日米同盟が捨て去るにはいかにも惜しい便益を生み出していることを述べたいと思う。次に、日本人が信に足る人間であり、食えない連中ではないことを、過去の歴史を振り返って述べてみたいと思う。

  最初は日米関係である。日本にとり米国は、150年前は近代化達成を指南する先生であり、100年前はアジア方面で政治的影響力と商業利権を争う好敵手だった。軍事力、経済力など国力の差は大きかったが、米国は大英帝国の世界覇権に挑戦しつつあり、日本は新興国として世界の主舞台に立とうとしており、ともに発展途上にあった。そして50年前にお互いの帝国主義的利害が衝突した。偏見が敵対関係を更に悪化させた。両者とも相手方についての知識が乏しく信頼関係を欠き、大いなる思い違いをしていた。米国人は、日本人を理解していなかったし、日本人も米国人について何も知らなかった。

  敗戦後、日本は灰燼から立ち上がり、西側の一員として国際社会に迎え入れられ、幅広い認知と繁栄を謳歌した。この成功を担ったのが、米国が用意した核及び通常兵器による抑止力であった。在日米軍が日米同盟を機能させる上での切り札であった。在日米軍は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争など、戦後のすべての戦争、動乱に対応して、アジア太平洋地域の平和と安定の維持に貢献した。

  米軍の日本駐留は、重要な副次効果を生み、両国国民レベルでの友情と相互理解の増進を大いに進めた。陸、海、空、海兵各軍の将兵は、日本各地での基地勤務を通じ、地元との交流を深め日本人の気心を知るようになった。オアフ島の「狼犬部隊」の兵士達と大阪の「聖家族」孤児院の子供達との長年に亘る友情は、日米間に生まれた数多くの心温まる人間ドラマの一例である。

  同様に日本人も米国人の真の姿に触れて、自分たちが如何に思い違いをしていたかに腹立たしく思った。米国の富と力に対する漠然とした憧れが、その寛容さと屈託のない態度に対する本物の感謝の念に変容した。在日米軍基地は人間交流の舞台ともなった。ロマンスも生まれ、多くの日本人女性が海を渡った。戦争では日本男性をねじ伏せたぞと思った米軍将兵であったが、何年か後には日本女性にねじ伏せられてしまったわけだ。日本が思い知らせた「甘い復讐」だ。

  在日米軍基地は日本が力強く繁栄を謳歌する原動力となった。沖縄の米海兵隊普天間基地の移転問題もこの観点から見られるべきである。よく沖縄全体が米軍基地に反感を持っていると報道されることがあるが、これは一面的な見方だ。沖縄は、むしろ自分たちの政府がこれまで沖縄に十分な手当をしてこなかったと感じ、そのことを怒っているのだ。沖縄の平和と繁栄を守ってくれている沖縄駐留米軍の存在を頼もしく思っている人も多数いる。但し沖縄への負担集中は過大でバランスを欠き問題である。健全な日米同盟維持のためにも是正が必要だ。

  以上で懐疑派が抱く日米関係への懸念は的を射ていないことが分かって頂けたと思う。さて、これからスピーチの次の部分に進むことにしよう。過去150年を振り返りながら、日本人とはどのような民族であったのかについて私の解釈を示そうと思う。勿論、日本人については既に多くが語られているが、我々は心の内を明らかにすることが苦手な質だ。そんなわけで我々につき誤解がないようにしておきたい。

  日本人は、先駆者、律儀な遵法者、更に良き敗者であった。過去、日本は常に「先駆者」であり続けた。日本は遮蔽された封建社会から失敗に終わった帝国主義国家になり、そこから更に先進民主主義国となった。道中は一人の同行者もなく、孤独な一人旅であった。日本は非白人国による経済近代化がありうることを示した。日本の経験は、後年他のアジアの諸民族が現代国家への道程を選択する際の一つの道標となった。近年日本は、デフレ、高齢化、人口減少の悪影響に蝕まれる苦境に喘いでいる。世界は日本がどうなるのかを固唾を飲んで見守っている。他の諸国にしてもこれらは将来問題となるので、解決の糸口を探りたいのだ。

  現代国家としてヨチヨチ歩きを始めた時から、日本は一貫して旺盛な遵法精神を示してきた。良かれ悪しかれ、日本は西欧列強を崇拝した。彼らのルールを遵守した。彼らから認知されたいと願っていた。挑戦者は、既存のルールを認めたがらないものだが、その意味では日本が挑戦者となったことはなかった。国際法体系の中で行動するのが日本の一貫した政策であった。西欧列強との貿易や商業を開くに当たり結ばざるを得なかった差別的な条約さえも遵守した。敗戦を経ても日本のこの保守的な性格は変わらなかった。戦後も米国がリードする現下の世界秩序の維持に誠心誠意心を砕いている。

 日本は近代150年の内、半分近くを敗戦国として過ごしてきた。良き敗者となることに殆ど取り憑かれていると言っても良い。降伏した旧日本軍兵士は進駐軍に手一つあげなかった。日本人全体も、米国人に敵愾心を示さなかった。逆に一夜にして米国の価値観の熱烈な信奉者となった。戦後の東西冷戦や他の紛争からは日本に匹敵する新たな敗者が生まれなかったことが、日本が今日までこの心理的なこだわりを引きずっている理由なのであろう。日本はその平和への国是が認める制限範囲を超えて主権を行使することを控えている。これほどの自己規制を課す国はない。日本が示すこの潔さ、謙遜と慎み深さは武士道に通じる日本の文化的所産に他ならない。自己を実現する流儀なのだ。

 さて、米国の友人の皆さん。本当に健気な友達ではないか。ここは一つ日本と一緒になってやっていくのが筋だと思わないか。日米安保条約に礎を置く日米同盟は関係者すべてに取って恩寵そのものだ。これほど成果を上げ、有益で、地域の当事者全員に平和と安全を広範に提供する同盟関係も珍しいであろう。これからもずっとそうあって欲しいものだが、国際安全保障環境が変化し、日米同盟関係が解かれる日が将来訪れるかも知れない。20世紀初頭あれほどの成功を収めた日英同盟が19年後には解消された前例もある。日米関係は、両国が同盟関係にあろうがなかろうが、継続する。ハワイを真ん中に太平洋を挟んで横たわる日米両国は付き合わざるを得ない。その昔、出会い、競い合い、諍いもし、やっと心を通じ合った我々の関係は一朝一夕には築くことができない深みのある関係だ。この関係を大事にしても損ではない。

  1995年の阪神淡路大震災の時、被災地にあって余震や出火に見舞われながらも無法状態に陥らず互いに助け合って危機対処に当たった地元住民の驚くべき民度の高さを覚えているだろう。この時、被災民のために被災現場で無利子・無担保で貸し出された現金は、その後3年間で踏み倒されずにすべて回収されたそうである。これが日本の凄さである。これが日本の伝統である。日本人は自然の恵みに感謝し、友に信を置き、他者を尊重する、そんな民族である。我々はそういうふうに生まれついただけだ。歴代天皇が過去1600年もの長い間君臨した「日の出の国」に。

  ご清聴を感謝する。

 

 

 

 

 

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(了)