総領事館案内

2015/12/2

当館の歴史

1.日本人移民第1号、領事第1号

1868年6月20日、はるばる海を渡り153名の日本人が移民第1号としてハワイ、ホノルルに到着した。彼らは明治元年にやってきたことから「元年者」と呼ばれた。ハワイ王国にこうして居住し始めた日本人達を保護するため、日本国の名誉領事としてJ. B.ディクソン氏が任命された。

1881(明治14)年、ハワイ国王カラカウアが日本を訪れ、明治天皇と会見した際に、ハワイで急速に発展しているサトウキビ農園の労働者となる移住者を是非日本から受け入れたい旨、要請された。

この結果、4年後の1885(明治18)年2月8日、契約労働者、いわゆる最初の「官約移民」943名が到着した。このとき、中村治郎初代日本国領事と官吏2名が着任。彼らはハワイ王国において、アメリカ合衆国を除き、外交使節の第1号であった。


2.領事事務所の開設

この最初の日本国外交使節団は、中村領事と2名の官吏で着任後2日目の1885(明治18)年2月10日に、「日本領事事務所」を開設し、旧ロイヤル・ハワイアン・ホテル内(ダウンタウンにあった)にオフィスを構えた。


3.初代総領事着任

同年11月17日、領事事務所は「総領事館」へ格上げされた。翌1886(明治19)年2月14日、安東太郎初代総領事が大使格でホノルルに着任し、4月にはヌウアヌ通りとクアキニ通りの角に初代の日本国総領事館を創設した。現在の総領事館もその地に建っている。土地は建物付きでM.A.オースティン裁判官から購入したもので、建物は公館兼公邸としてそのまま使用された。

この初代総領事館の建物は、ハワイ王国(1886年~1893年)、暫定ハワイ共和国(1893年~1898年)、アメリカ領ハワイ(1898年~1908年)という3つもの異なる政体を経験していった。

                                                                                     
                                                   
初代の日本国総領事館                                                              公邸の玄関先に立つ安東太郎総領事と夫人
                                                             
(写真提供:ハワイ報知)                                                                 (写真提供:ハワイ報知)            


4.ベレタニア/フォート通りに移転
1908(明治41)年に日本国総領事館はベレタニア/フォート通りの角にある3階建て石造りの建物を購入した。これが新総領事館となり、従来のヌウアヌ/クアキニ通り角の建物は公邸としてのみ引き続き使われることになった。1913(大正2)年にこのベレタニア/フォート通りの建物は売却されたが、現在もハワイ・パシフィック大学の教室等として使用されている。
 
                                                                                           
                                                                                               日本国総領事館 (1908-1913)
                                                        
(写真提供:ハワイ報知)
                                                                                                                            

5.総領事館敷地の拡張

1913(大正2)年、日本国総領事館はジャッド夫人よりヌウアヌの隣接地を買い受けた。総領事館のヌウアヌ所有地総面積は13,400平方メートルとなった。この広くなったヌウアヌ/クアキニ通りの角地に公邸と公館の2つの建物が新築され、その後40年以上使用された。

                                  
                   ヌウアヌ通りの元日本総領事館                            ヌウアヌ通りの元日本総領事公邸 
                         
(写真提供:ハワイ報知)                                 (写真提供:ハワイ報知)                         



6.大戦中

第二次世界大戦中、日本国総領事館員は軟禁され、総領事館の建物が総領事、館員、現地職員の住まいとなった。敷地を出るのは、食料か医薬品の調達の場合のみ一人ずつに限り許された。

スエーデン副領事グスタフ・オルソンが1942(昭和17)年、元日本国総領事館の後を受け、一家の稼ぎ手を本土の日本人収容所にとられて生活に困窮している多くの日本人家庭の保護などに当たった。


7.戦後

1951(昭和26)年9月8日サンフランシスコ平和条約が締結され、翌1952(昭和27)年4月28日に発効するに当たり、日本国総領事館は正式に再開された。後1956(昭和31)年9月に新築された建物が、幾度の改装や増築を経て今日も使われている。1960(昭和35)年、公邸も完成。初代の公邸と同様、ドアには皇室のご紋章、16弁の菊花がデザインされている。この公邸も、現在まで使用されている。

1960年代から70年代にかけての経済高度成長以来、総領事館の任務は、増大するハワイへの日本人観光客やビジネス活動とともに更に重要になってきている。その中で、ホノルル総領事公館と公邸は、日本、ハワイはもちろん世界中から数多くの賓客を迎えてきた。歴代の総理大臣では、吉田茂元首相、福田赳夫元首相、鈴木善幸元首相が公式訪問された。

特筆すべきは、昭和天皇・皇后両陛下の御来訪である。米国御訪問の際ハワイにお立ち寄りになられたもので、1975(昭和50)年10月11日、天皇陛下が植樹されたハワイの州木、ククイが、今日も青々と葉を茂らせている。(1)

また、ホノルル日本国総領事館には、現在の天皇・皇后両陛下とご縁のある木が2本ある。一本は、1960(昭和35)年9月23日、当時皇太子・皇太子妃であられた明仁殿下と美智子妃殿下が御訪館になり、日米修好条約締結100年を記念して植えられたモンキーポッド(アメリカネム)。(2) もう一本は、1994(平成6)年6月24日の御訪米記念として明仁天皇・美智子皇后両陛下が公邸の庭に植樹されたレインボウ・シャワーである。

                                        
                    (1)ククイの木                          (2)モンキーポッド